洗骨という映画1 照屋監督すごいね

葬儀・葬祭

『洗骨』という映画の予告を観た。沖縄方面で行われる風習だ。やり方は一 度埋葬して数年後骨を洗う。この死をテーマにした映画を撮ったのはなんと “ゴリさん”だった

ガレッジセールのゴリさん=照屋年之監督。この人も北野武監督に憧れて映画を撮ったのだろう。

私は映画を月に15本は観る。映画の始まる前に予告が流れ、近日公開される映画の予告が流 れるが、この『洗骨』の予告はとても衝撃的であった。骨を洗う、、、。初めて聞く言葉だった。 一瞬、気持ち悪さを覚えたが予告映像が進むにつれ、なぜか私の心が洗われるような気がして絶 対に本編を観に行こうと決めた。自宅に帰り、この洗骨の風習について調べてみると、主に沖縄、 奄美地方にあった風習で今は消滅してしまうとのことだ。洗骨のやり方を大まかに言うと亡くなっ た人を火葬などせず一度、埋葬して数年後再び掘り出して、洗うというもの。至ってシンプルと言 えばシンプルだ。ただ現在、この洗骨という儀式は先に述べた通り、消滅しつつある。そしてこ の映画を撮ったのは照屋年之とあった。正直、聞いたことのない名前だった。が、調べるとあの ゴリ、ガレッジセールのゴリさんだったので尚更驚いた。大変申し訳ないが、ゴリさんが映画を 撮っていた過去も知らなかった(結構撮ってますね)いつもテレビでサービス精神丸出しで我々 を笑わせてくれるお笑い芸人だと思っていたからだ。だから予告を観て、絶対に観たいと思わせ たゴリさんの才能に驚いた。ゴリさんと洗骨がどう結びついたのかも知りたくなった。ひょっと したらゴリさんが幼少の頃、家族の誰かが洗骨をしたことがあり、今は廃れていくこの風習に今 一度、復活の気持ちを込めて本作を作ったのだろうかと想像してしまった。まだ私は映画を観て いないし、ゴリさんのインタビュー記事も読んでいないから勝手に書いてしまっていることを申 し訳ない。実際、この映画は沖縄県で1月18日から公開される。ヒットすると思う。しかし内 地では2月8日からだ。遅すぎる。もっと早く観たい、マジで楽しみにしている。

死生観は個々によって異なる。死はいつ終わるのか。家族の死で残された家族は何を手にするの か 私がこの映画を観たい理由は、やはり私自身の死生観にあると思う。私は人間が死んだら終わり だと思っている。何も残らないし、全て消えてしまい、あの世などないと思っている。死後の世 界などないと思う。こういう言い方をすると無神論者と思われるが、神社仏閣へは行く。死ぬこ とに不安もないと強がりを言っているが、実際に病気になって刻々とその時間が来る日々を迎え た時には発狂するかもしれない。でも私の死生観はこの世に生まれてきた瞬間から死に向かって いるのであり、生きることと死ぬことは表裏一体であり、常に同時に起きるのだと思う。だから 生きることが終わった瞬間に死も終わると考えているのだ。