洗骨という映画1  先祖供養の形は

葬儀・葬祭
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散骨希望だが、“洗骨”にも憧れてしまう理由

だから私は死んだら大袈裟な葬式など要らないと考えている。戒名も要らない、お墓も要らない。山、川、海の大自然の中に私の骨を撒いて欲しいのだ。経済的でもあるし、環境にも優しいと思う。ただ、昔テレビで見た埋葬方法で、鳥葬とか風葬がずっと私の心に残っている(確か『素晴らしい世界旅行』とか兼高かおるの世界旅行とかでやっていた)鳥葬は一見残酷ではあるが、理に適っているし、どこか憧れるところがある。この洗骨もそれに近いような気がして興味を持っているのだ。

供養することはご先祖に生き様を見せることではないだろうか

 多くの人は人の死をネガティブに考えがちだ。泣き叫び悲しみに浸る。私も母を亡くしてしばらく悲観にくれたことがある。でも私は母が亡くなってからも、母のお墓参りはできる限り行っている。供養だ。私は母の分身であるから母に対して死ぬまで感謝している。だから墓前では母に現状の自分のことを報告してくる。死者を偲ぶというより自身の生き方を正しているのだ。供養とはそういうものではないかと考えている。

ゴリさん演出も楽しみだが、奥田さんのダメっぷりを早く観たい

 話はずれてしまった。映画の予告は非常に面白おかしく作られていたのも良い。死というテーマなのに笑いの要素がたっぷりあった。まず奥田瑛二さんが良い。奥田さんは強面というか、クールでダンディーなイメージを持っているが、予告では“人生終わった感”満載の風情に笑えた。妻に先立たれた夫は哀れなのだ。この映画に笑いのエッセンスを入れてくるゴリさんのセンスが素晴らしいと思う。もちろん水崎綾女さんも期待している。それともう一人、山城智二さんが気になる。数年前に仙頭武則さんが監督した『Nothing Parts71』に出ていた。とても上手いとは言えないが良い味を出していた(あの時は確か骨を抱えて叫んでいたシーンがあったと思う。違ったか?)この人もお笑いの人だ。映画点検というラジオ放送で仙頭武則さんと漫才みたいなトークを繰り返しながらも、今では立派な映画人になってしまったの嬉しい。彼はラジオで沖縄を舞台にした映画について嘆いていた「青い空、白いビーチだけの映画は要らない!」と。だから本作がそうでないことを祈っている。

 まだ公開まで時間があるのでもっと詳しく洗骨について調べてみたい。ゴリさんや奥田さんのインタビュー情報も集めて新たに記事を書いてみたいと思う。

以下は映画の予告に出ていたので書き留めておく。文字にするととても美しい風習に感じる。