葬儀会社とのやりとり

私の生まれ育った故郷はとても小さな町だ。人口も少ない。当然ながら葬儀業者など一つか二つしかない。父に囁いたその業者は町では幅をきかせていた葬儀屋だった。しかし私はその時記憶していることがある。私たちを遠目からずっと見ていた1人の青年がいた。おそらく他の町から来た新手の業者だった。後にその業者は格安のセレモニーホール次々と建設し今では町一番の稼ぎを上げている

 さてめでたく?葬儀業者も決まった。母の遺体を運ばなくてはいけない。どこへ?そりゃ、一旦自宅だろう、いや葬儀が行われる寺か…。病院の事務職員は死亡直後と言うこともあり遠慮がちに我々の方を見ていたが、内心は早く引き取って欲しいのはありありと読み取れた。死亡診断書もいつの間にか兄に手渡され、遺体を運ぶ準備があっという間に出来上がっていた。母の死からおおよそ60分という早業だ。

直接お寺に運ぶかそれとも一旦家に運ぶかそれについて揉め始めた。田舎の人の多くはお寺の檀家になっている。私と兄と父はやはり1度は母が最後まで過ごした自宅に運び入れたかった。しかし周囲の人たちは早くお寺へ運べと言う。なぜならば我が家は築100年以上のボロ家であり、母が亡くなった日はよりによって雪が激しく降る1月の終わりだった。そのボロ家に母を入れるのは「可哀想だ」という意見もあった。しかし実際はあの寒いボロ家に自分たちも入りたくないと言うのが本音だろう。訪れた人が体調を崩すくらい寒い家だった。だから一刻も早くお寺に運んだほうがいいと言う意見が出たのも当然と言えば当然であろう。

つづく。